Diary

 

2005-01

2005-01-31-MON 「冷蔵庫修理」

出勤前、Ditaの冷蔵庫を修理してもらいにいく。その庭には30台以上も冷蔵庫や冷凍庫が並んでいた。電化製品の中では、冷蔵庫がMAXだからだろう。洗濯機や電子レンジをXaiXaiで持っている人を見たことがない。おじさんが手際良く電気の線をつないで動くか確認。原因はもっと深いので、結局預けていくことに。

それにしても、「やればなんでもだいたい直せる」ということを、こちらに来て思い知った。しかもかなり原始的な方法で。この前のセミナーで、同僚の懐中電灯を私が直したけれど、なんでもあり。テーピングでとめたり。応急処置が成功したら、そのままそれがずーっと使われる。でも、直せた時のうれしさは癖になるかも!?

 

2005-01-30-SUN 「家にて」
 

朝もなんだか早く目が覚めた。もっとゆっくり寝たいのに。。仕方なく小説の続き。すると、近所に住んでる元同僚がノートパソコンを持ってきて、見てくれと。彼はマプトで働いており、週末XaiXaiに帰ってくる。最近冷凍のブラジル産の鶏の販売も始めたそうだ。XaiXaiの肉屋より安い(1羽300円くらい)ので、今度は彼から買おう。

かおりちゃんと二人で家にてまったり。何をするでもなく。暑すぎて、出かける気もしない。(もちろん家の中も暑いけど。。)何にもしてないのにお腹は減る。明太子スパゲッティを久々に食べる。おいしい。あと、半年。帰ったら何しようかなあ、って来たばかりのかおりちゃんと話しながら。

 

2005-01-29-SAT 「お好み焼」

体調の良くなったまりちゃんがXaiXaiにお金をおろしに来るというので、かおりちゃんも誘って4人で昼食。もちろんクーラーの利いたレストランを選ぶ。暑いので外に出れない。。なんて快適なクーラ。結局プリンも食べて、3時間くらいいたことになる。

夜はNataliaのとこで夕食。今回は私がお好み焼きを作ることに。Monicaがまだ食べたことなかったから。昨日市場で見つけた干しえびを入れて、餅、チーズ、ツナ。あとうちの庭のネギ。そのあとは、キリマンジャロの写真上映会?。わざわざプロジェクター使って。眠くて帰ってきたのに、シャワー浴びたら目が覚めて、2時まで小説読んでた。

 

2005-01-28-FRI 「出来上がり」

朝の5時に出発しようと言ってたが、いつも時間通りに出発したためしがない。テントを片付け、食器や荷物を積み込み、朝食を食べて。それで7時に出発できたのはたいしたものだ。道の情報をChibutoから来ていた人に聞く。(どの道が通れる、通れないなど)そのおかげで、昼にはXaiXaiへ戻ってくることができた。

市場へ先週頼んでおいたワンピースを取りに行き、買い物をすませてから帰宅。出張の荷物を整理し、そうじ、洗濯。かぼちゃを煮付けにしようと思って切ってみると、青くて瓜みたい。別の料理に変更だ。

ひろみが泊まりにきた。インターネットをしにXaiXaiまで来たついで。外で蚊取り線香たいて、ごはんを食べる。風がない。なんだ今日のこの暑さは。今までで1番蒸し暑いかも。寝るまでにシャワー3回浴びても暑いものは暑い。40度くらいあったのじゃないかと後で聞く。

 

2005-01-27-THU 「小学校」

今日は少しセミナーの方に顔をだす。写真を撮ってくれと頼まれたから。ついでに、その小学校の授業も見学させてもらう。私達がセミナーに教室を使っているから、そのクラスは2日間木の下で授業をすることに。1クラス80名も生徒がいてそれを先生1人でまとめるのは大変そうだった。

今私は兵庫県の兎塚小学校の生徒とEメールで交流しているため、日本の小学生にこっちの小学校の様子を紹介できたらなと思っている。子供の数に対して、先生や学校の数が少ない。2人がけの机に4人で座って、一生懸命先生の声に耳を傾ける。机がない子供たちは、地べたに座る。みんな元気で好奇心いっぱいだ。車がめずらしいのか、私達の車が通るたびそちらに注目して授業にならないと。カメラを向けるとたくさんの笑顔が集まってきた。

 

2005-01-26-WED 「Seminario em Chigubo」

この町にはセミナー会場として使えるような建物はないというので、始めは大きな木の下でセミナーをしようかとも考えた。が、同僚のプレゼンには壁がいる。そこで、小学校の教室を使わせてもらうことに。参加者であるコミュニティーリーダ達はみんな制服を着てきた。他の郡のセミナーでは、みんなバッチくらいしかつけていなかったのだが。その姿がほほえましかった。

今回は、料理する人が少ないので私も手伝うことに。田舎でしか飲めないカニュンを絞ったジュースを飲みながら。ひたすら野菜を切って。ただでさえ暑いのに、火の側にいるだけで体力消耗。。

1日目のセミナー後は、参加者みんなで昼食。ライス、シマ、チキンの煮込み、ヤギの煮込み。その後は、明日のおやつを同僚Ditaと一緒に作る。ココナッツドーナツ。これがまたおいしい!!そして、その後は夕食の準備。昼食の残りとCozido(ゆで野菜)。1日中料理してたなあ。疲れた。。

 

2005-01-25-TUE 「ESCORPIAO」

今日から水局のセミナーで、4日間出張。井戸の調査で一度行ったことのある町Ndindiza(Chigubo郡)へ。そう、ここは水も、電気も、店(市場)もない。なので、セミナー期間中のすべての食料、水などを車に積み込む。もちろん寝るところもないので、マットレス、寝袋、テントも。XaiXaiを12時に出て、Chibutoを通る。

少し時間があったので、まりちゃんのおみまいへ。マラリアではないというが、熱が下がらないとのこと。心配。私もちょうど昨年2月くらいに体調壊したしなあ。半年経って、だいぶいろんな疲れがたまってきてるんやろ。はやく元気になるといいな。

結局着いたのは、19時。日が暮れる頃。雨が降って道の状態が悪いため、遠回りをしたため。テントを張り、薪で夕食の準備をしながら順番に水浴び。慣れたもんだ。ゴザに座って夕食を食べようという時、車のライトの中何かが同僚の足元で動いている。その尻尾が上にあがっている姿を見て私は叫んだ。「Escorpiao(さそり)!!」同僚があわてて踏み潰してくれたけど、ぞっとする。ビーサンで歩いていると危ないのかも。初めて見た本物のさそり。大丈夫か!?ここ。(←写真は次の日。ひからびてる。)

 

2005-01-24-MON 「新鮮」
 

今日はマプトでやりたいことがいくつかあった。1件ずつ歩いて周ろうと思っていたら、友人が付き合ってくれると。しかも車で。途中休憩して、ケーキでお茶したり。なんだかモザンビークに来てからこういう風に過ごしたことがほとんどなかったので、新鮮。すべて目的も果たせ、一安心。ほんとに感謝。

帰りのChapaもスムーズに乗れたし。最近、なんだか調子いいな。

 

2005-01-23-SUN 「お洒落なレストラン」

昨日の夜やりたいことがあったので、結局私だけ家に残り、朝イチでビーチまで。あきこが釣りに来ていたので、合流。竿を投げようという時に、波の勢いに押されて転び、お気に入りのビーサン(日本製)片方が海に流されていった(悲)。。気を取り直して裸足で釣りを続けるが、錘や針を失くすばかり。次回に期待!

家に戻ってみんなで昼食。うどんを持ってきていただいたので(しかも生麺)、きつねうどんに。炊飯器でご飯を炊き、おにぎりにする。シャワーも浴びて準備完了。いざ、マプトへ。

すごく快適な旅。車があればなとつくづく思う。ゆりちゃんの任地Matolaで夕食。そのレストランは電車を改造して作られており、とってもお洒落だった。しかも、料理もおいしかったあ。食べ始めると、すごい雨と雷。昨日に引き続き、タイミングいいなあと。日頃のみんなの行いが良いってことにしよう。

 

2005-01-22-SAT 「お客さん」
 

今日は、XaiXaiにお客さんがいっぱい。はじめはうちに泊まってもらうつもりだったが、あまりに数が増えてしまったのと今日は特に蒸し暑いということで、ビーチ沿いに最近オープンしたGuest Houseにみんなで泊まることに。その方がクーラも、シャワーもついていて快適だから。

レストランで食事したあと、いつものビーチ(プール)へ案内。強い日差しの中15分くらい歩いたら、あとは海へ飛び込む。水位がだいぶ高く波が外海から入ってきていたので、シュノーケルにはあまりむいてなかった。みんな心の洗濯ができたと。良かった。

引き上げると同時にすごい雨が。ご飯係として何名かと我が家へ戻り、カレーライス、サラダ、ひじきの煮込みを作る。あまりにおなかが減って待ち切れなかった残りの人たちも来て、結局うちで夕食。家の中はサウナのように暑いので、Esteira(ござ)を外に持ち出して。風があったので蚊の心配もなく、楽しい時間を過ごせた。停電は何回かあったけれど。。

 

2005-01-21-FRI 「仕立て屋」

いつもどおり水局の事務所にはほとんど誰もいない。違う部署の人がパソコンの授業をして欲しいというので、個人授業。基礎の基礎から。その後は、金曜日。はやめに帰ることに。Mercadoで頼んでいた服ができあがるから。

ズボンはまあまあいい出来だ。ワンピースのデザインをもう一度確認したいというのでノートにデザインを描いて、寸法をもう一度はかりなおす。ついでに履いていたズボンの裾がほどけてきていたので、針と糸を借りてその場で自分で縫う。ミシン欲しいなあとも思うが、まああと半年。それにしても、タンザニアでもっと布を買ってきたら良かったあ。

 

2005-01-20-THU 「メンテナンス」
 

夜、NataliaとSergioがパソコンのことで相談があるからと家にきた。彼らはガザ州の保健局を対象としたプロジェクトで働いている。約60台ある保健局のパソコンを有効利用するために、職員2名を教育して、彼らにメンテナンスをまかせようと考えている。ただ、その職員はまったくのパソコン初心者なので、どういう講習会に参加させればいいか、その後どのようにするのがいいかなどを一緒に考えた。

どこのNGOでもドナーでも同じ問題にぶつかる。機材をいれるだけでは彼らのためにならない。彼らがちゃんとそれらを使いこなせるようにするためにも、メンテナンスは大切。教育することが大切。私にもっと時間があれば、ガザ州中の保健局の職員を指導してほしいとも頼まれたが。。

 

2005-01-19-WED 「高い空」

日帰りで井戸の調査。Chokwe郡のChiduacineとZusaという2つの村へ。いつものメンバーで。彼らは先月もずっと井戸の調査をしていたので、前回一緒に行った時よりも手際が良い。13時から始めて、19時の日没まで20件まわれた。

Chiduacineという村には、カニュンとマフーラの木があちこちに生えていて食べ放題。同僚もそれをつまみながら。私も初めてカニュンを試食。黄色い皮をむいて、中の種のまわりの白い部分を食べる(ライチに似てる?)。そして、Zusaの村にはカジュー(カシューナッツの実の部分)の木がたくさん。ちょうど今が時期である。ここでもやっぱり味見。昨年食べれなかったから、これも初めて。想像と違った。食べた後は、のどの奥に何かがひっかかる。3人ともむせこんでた。車の中でもずっと。それがおかしくて、Ditaと二人して笑ってた。

なんかたまにはこういう外にでる仕事をするのはいいな。今日は空がとっても高い。こういう空を見上げていると、自分が小さく感じる。まだまだって思える。がんばろうって。車に乗りながらずっと空を見ていた。

 

2005-01-18-TUE 「XaiXai案内」
 

看護学校の同僚がXaiXaiに用事があるというので便乗してXaiXaiまで。かおりちゃんにひと通り町を案内。別にたいしたものがあるわけではないが、銀行、インターネットカフェ、バス・Chapa乗り場、市場、雑貨屋、肉屋など、生活に要りそうなところを。XaiXaiにインド人が経営している雑貨店が何件あるかは知らないが、ほとんどの店に入ったことがある。時間がない時は同じ店でまとめて買うが、時間がある日は店をはしごして、卵はここ、牛乳はここ、チーズはここ、などと買い歩く。

案内&買い物が終わった後も約束の時間から1時間くらい待たされた。一応待ち合わせの時間を決めていたのだから、あとどれくらいかかると言ってくれればもう少し案内したり、ちょっと店で休憩したりできたのに。ただいつ来るかわからない人を1時間も待つのは疲れる。

仕事帰りにナタリアと待ち合わせて、こないだChibutoで買った布(カプラナ)でワンピースとズボンを作ってもらうことに。市場の中に仕立て屋さんがいて、寸法を測ってもらう。デザインもこちらの好みに合わせてくれる。出来上がりが楽しみだ。

 

2005-01-17-MON 「10年」
 

家族から電話があった。ちょうど明日は両親の結婚記念日だから電話しようと思ってたのだが。みんな元気、変わりないと聞くだけでやっぱり安心。昨年後半は少し心配なことが続いたから。家族みんなが健康でいてくれることを心から願う。

今日は阪神大震災からちょうど10年になるのでTVもそればっかりだと。もうそんなに経つのか。なんか10年があっという間に思えたことにびっくり。あっという間ではもちろんないのだけれど、長かったあということもない。

悔いのない10年だったと思える。それは、出会ってきた人達がまわりにいるから。だから、もう一度やり直したいとも思わない。やりたいことがあるなら、これからやればいい。これからも一日一日、一瞬一瞬を大切にしていこうと改めて思った。あと10年後、20年後、30年後、、どうなっているかまったくわからないけれど、自分らしく笑っていられるように。

 

2005-01-16-SUN 「海がめ」

みんなでXaiXaiのいつものビーチ(プール)へ。すると、なんと岩の向こう側に海がめが!!大波の中、5匹くらい泳いでいた。沖へでたいのかえさを食べているのかわからないが、沖に泳いで行っては波で戻されていた。そして、ゴーグルを借りて岩場の魚を見る。(私のシュノーケルは家に忘れてきた。。)

昼食は、昨日のTortillaや肉を挟んだサンドイッチ。海の中ででんぐり返りしてみたり、子供のころにやったようなことをいっぱいして遊ぶ。満喫、満喫。やっぱり海は人数が多い方が楽しい!

 

2005-01-15-SAT 「CHIBUTO観光」

Monicaが来月で帰ってしまう前に、Gaza州で行ったことのないChibutoとManjakazeに行きたいと。なので、今日はChibuto観光。塚原くんとまりちゃんに連絡。開いたことのないMuseo(博物館)やMercado(市場)を散歩。ナタリアとカプラナ(こっちの布)で服をつくろうということで、そのカプラナを探す。Chibutoもなかなかやん!!

日頃は閉まっている予約制のイタリアレストランへ。オーナーはイタリア人。メニューは選べなく、マカロニ・ボロネーゼと牛肉ミラノ風。お腹いっぱいで持ち帰り。食べてると激しい雨が降り出す。止むまで店の中で日本人の名前の意味とか除夜の鐘のことについておしゃべり。パイナップルがサービスででてきた。

やっと雨が止んだが、Manjakaze行きの道は無理だろうということでXaiXaiへ帰る。夕食はNataliaがTortilla(スペインオムレツ)を作ってくれた。で、みんなでDiscotecaへ踊りに。塚原くんはPassadaという(カップルで踊る)踊りをMonicaとNataliaに教わって。それにしても、ほんとにこっちの人は踊りがうまいので見とれてしまう。真似はできません。。

 

2005-01-14-FRI 「看護学校へも。」
 

看護学校。教務主任と今後について話す。井戸の調査などで昨年後半はほとんどちゃんと来れなかったから、その確認。まず水局の仕事を優先、次に2月からの学生への授業を優先することで話はまとまる。かおりちゃんも働いているが、授業がまだ始まっていなく、先生も今はみんな休みをとっているので何をすれば良いかわからないとのこと。はじめにみんながぶつかる壁。がんばれ。

今日はMonicaがChokweから来たので、またまたビーチに涼みに。ついでに夕食。帰りに店員さんが「Ate amanha!(また明日)」って。ここ最近毎日来てるからなあ。

 

2005-01-13-THU 「今年初出勤」
 

今年初出勤。みんなと新年のあいさつ?をかわす。普通の人は1月3日から働いているはず。しかし、うちの部署にはあいかわらずほとんど誰もいない。半分は井戸の調査。半分は??。いつも来ていた掃除のおじさんが先週亡くなったとのこと。あと、同僚の1人が違う部署へ移動。人がかわっていくのはいつものことだけれど、やっぱりなんかさみしいなあ。

仕事が終わってから海へ。今日は散歩&泳ぐことに。例のプールは潮が満ちていていつもよりでっかくなってた。夕焼けの中、三日月がきれいに輝いている。平日にこんなことができるなんて、Nataliaに感謝。

 

2005-01-12-WED 「赴任&帰XAI」
 

かおりちゃんがChicumbaneの看護学校へ今日赴任。私もその車に便乗してXaiXaiへ。今回は荷物がかなり多かったから助かった。彼女は、当分敷地内の教員宿舎に他の先生とその子供と一緒に住む。衛星TVがあるらしい。しかもオーブンまで。でも、Chicumbaneには何もない。。

そして我が家へ。思っていたよりも虫がいなくてよかった。掃除して、空気の入れ替え。家の中の蒸し暑さで帰ってきたことを実感。今日は何もしていないのに疲れたー。でも、Nataliaに連絡したらビーチに散歩に行こうって。Inussoも合流。ひさしぶりに話をしながら散歩してリフレッシュ。

 

2005-01-11-TUE 「インストール」
 

大使館にて作ってたシステムをインストール。まだエラーが残っていたので、修正。それを使ってもらってから、要望がでたらまた直すことに。それがシステム作りの基本。とりあえず、明日XaiXaiへやっと帰ります。

 

2005-01-10-MON 「夏祭り企画」
 

昨日の夜3人で話していて、隊員主催で文化紹介として日本の夏祭り(縁日)をやろうということに。早速学校宛のレターを書いたり、具体的に何をしようか案を出し合う。日本に帰る前に、技術だけでなく日本の文化も伝えたいから。

今回はChibututuine(ようの赴任先⇒隊員紹介ページ参照)でやるけれど、次は他の隊員の学校でやるなど、恒例にしていければなと思う。まだまだ企画段階。あと半年ある。じっくり考えよ。何かいい案があれば教えてくださいな。

 

2005-01-09-SUN 「だらだらまったり」
 

新年会に来れなかったようがマプトにあがってきた。午前中は、下藤さん家の庭にあるプールでひと泳ぎ。やっぱりゴーグル買おうかな。(テニスは今は暑すぎて無理。当分泳ぐことにします。)そのあとは、ひたすら日本のビデオ(しかも一年前の)を夕食まで。だらだらまったり。やっぱり日本のTV番組はおもしろい。

今日は隊員の携帯のスリや荷物の盗難が続いた。安全対策クラークの方がかなり心配していた。確かに世間がちょうど危ない時期(年末年始は遊ぶためにみんなお金がほしいので犯罪が増える)というのもあるが、みんな少し気が抜けてきているのも確かにある。ちょっとここで気を引き締めるのが大事かも。

 

2005-01-08-SAT 「切り替え」
 

かおりちゃんが赴任前の買い物にいくというので、私も一緒に行こうと思ったが、やっぱり仕事をすることに。夏前に頼まれたシステムをなんとか作り上げてしまいたかったので。でも、最近プログラム組んでなかったから頭がにぶくなってきてる。切り替え切り替え。

 

2005-01-07-FRI 「新年会」

大使公邸にて新年会。マプト近郊に住む日本人約40名が集まった。昨年に比べると、日本人もだいぶ増えてきた。あいうえお順に自己紹介。私は最後。まわりを見渡しても、だいぶ古い方になってきたなあ。

今回は人数が多いため、2フロアに別れて。お雑煮とお酒から始まり、ビュッフェ形式で数の子、お煮しめ、えび、刺身、サーモン、チラシ寿司、Etc..おいしい日本食が並ぶ。お腹いっぱいになるのが、くやしい(いやしい?)。なんと折り詰めまでもらってしまった。隊員の人数が増えるとこういうイベントに参加できる機会は減るらしい。今で良かった!!

 

2005-01-06-THU 「旅の報告」
 

まだだいぶ疲れが残っている。足のむくみはましになったが、足先の感覚が戻らない。しびれている感じ。凍傷か!?

JICA事務所に行くと、Teteの専門家の方がおられ一緒に昼食。農業土木が専門だったため、塚原くんは熱心に仕事の質問を。夕方、モザンビーク縦断の旅に出ていたナマーシャの2人が帰ってきた。旅の報告を聞く。もちろんキリマンジャロも話す。窪田くんはけん玉を子供たちに教えながら旅をしてきたらしい。しかも、私が行きたいNiassa湖のほとり、Chuangaまでたどり着いたという。いいなあ。帰るまでには絶対行こう。と、決めた!

 

2005-01-05-WED 「PEMBA」

快晴だ。朝食後、水着に着替えて散歩にでかける。木々の向こうに広がる青い海。少し藻が多いのが気になるが、遠浅のきれいな海。にぎやかなビーチからはだいぶ離れているので、人も少なくていい!女性が1人砂浜で日焼けしていたので、荷物を側において泳ぎに。はあ、山も良いけど、やっぱ海だな。1人では少しつまらないけれど。。

戻って、水浴びして荷物をまとめて、お昼ご飯。ここで週1、2日、日本人女性が働いているとのこと。会ってみたかったけど、残念。それで鏡餅が飾ってあったのか。空港まで送ってもらう。ほんとに人との出会いに恵まれた旅だったなあ。いろいろ助けてもらったり。こういう恩を自分もどこかで誰かに返せたらなと思う。

やっとマプトに着いたのは、20時過ぎ。下藤さんが空港まで迎えに来てくれた。ありがとうございます。塚原くんもMaputoにあがってきてて、夕食を作ってくれてた。なんて幸せ。たまっていた洗濯もさせてもらい、もちろん話題はキリマンジャロ。だいぶ興奮気味にしゃべったかも(笑)。

 

2005-01-04-TUE 「良い出会い」
 

朝はゆっくり。しかもバスタブにて疲れた体を癒す。ホテルの豪華な朝食。ボーっと朝の時間を満喫。そして、タクシーでティンガティンガ村へ。タンザニアの有名なペンキ画。そのあとは、タンザニアのCDを買いに少し町へ。なんかマプトとも違う。もっと洗練された感じ。人も店も、露天まで。それでいて、人もいい。

空港から迎えが来たというので急いで荷物をまとめてチェックアウト。すると15時って言ってたのに、もうドライバーがいない。タンザニアのお金も使い切ったし、どうしようかとフロントの人にお願いしていたら、ちょうどオマーン空港のスチュワーデスグループが空港へ向かうというので、彼らの小型バスに便乗。オマーンに来ることがあれば連絡をと名刺をもらう。

無事チェックイン。免税店でかわいい服発見。モザンビークで欲しいと思う服は少ない(あっても高い)のに、タンザニアは魅力がいっぱい。搭乗者の名前呼ばれるまで気付かないくらい。。

そして、モザンビーク最北のリゾート地Pembaへ。マプト行きの飛行機がなかったため、ほんとは2泊の予定だったのだけれど。ダルから1時間半くらい。税関もマプトよりあっさりしていた。そして、問題の宿。どうしようか考えていたら、タンザニアから来ていた日本人の家族がいたので、とりあえず市内まで一緒に乗せてもらうことに。話をきくと、その人はタンザニアで旅行会社をしていて、私の同期のことや所長のことも知っていた。

結局彼らの宿は私には高めだったので旅行会社の女性に安い宿を紹介してもらう。その女性は今月末からXaiXaiで働くらしい。連れてこられたところは、だいぶ外れのCampismo(バックパッカー)。ドミトリーはやばそうだったので、2ベットのバンガロー25$を15$にまけてもらった。そこは、いろんなところに手作りの工夫がされていて、なんかいい雰囲気。機内食でお腹が減ってなかったので、コーヒーを飲みながら料理人と久々にポル語で会話。庭に蛍が一匹飛んでいた。夏だなあ。波の音を聞きながら、蚊帳を吊って寝る。

 

2005-01-03-MON 「お年玉」
 

キリマンジャロを眺めながら、朝食。2日前にはあの山頂にいたのが夢のよう。フライトまで少し時間があるから、モシの町で買い物に連れて行ってもらった。が、やはり観光地ということで高いのとあまり種類も少ないと。仕方ない。そういうスケジュールにしたのは自分。スワヒリ語をペラペラ話す同期をみると尊敬、そしてうらやましい。やっぱりその国の言葉を話せることは大事だな。

2時間前にあるはずのシャトルバスがなかったので、とりあえずタクシーでキリマンジャロ空港まで向かう。道行く人のまいている布ひとつをとっても、色が鮮やかだ。デザインも良い。タンザニア人の方がセンスがいいなあと思う。

空港に着き、チェックインをしようとすると、、なんとタイムテーブルが変わっていて、2時間後にしかダル行きの飛行機がない。今日中にモザンビークに帰らないといけないから困るのに。事情をわかってくれた空港の人が、ダルエスのタンザニア航空に手紙を書いてくれた。電話を借りて、タンザニア事務所と同期に連絡。なんとかなるやろう。

空港で待っていると、昨日専門家の家で会ったマラウイ隊員が。ザンジバルへ行くのだと。結局、ザンジバル経由でダルへ。手続きのためバックパック背負ったまま空港内を歩きまわる。最終的に、明日の飛行機と今日の宿泊&ホテルへの送迎を手配してくれた。

着いたホテルは5つ星級。しかもディナー、朝食付とのこと。しかもしかも、バスタブが!!!とりあえず、モザンビーク事務所に連絡。ザンジバルから同じように帰れなかった南アのカップルが一緒に夕食をって。イタリア料理のビュッフェ。あー、幸せ。

そのあとは隊員連絡所(ドミトリー)へ遊びに行き、会えないと思っていたザンビアから任国外で来ている同期にも会うことができた。明後日からキリマンジャロに登りに行くとのこと。モザンビークは任国外旅行で他国の隊員が来ることがまだできないため、同期に会う事もほとんどない。だから、今回みんなと話ができて、あと半年がんばろうってさらに励まされた。

ほんとにお年玉だな。こんなにラッキーなことばっかりでいいのかなあ。キリマンジャロの山頂で幕開けした2005年、いい年になりそうな予感。

 

2005-01-02-SUN 「下山!!」

足がむくんでる。顔も日焼けして、少し痛い。最終日だ。緑も増えて、ほんとにハイキングコース。高山病だったみんなも回復していた。私は靴ずれがつらい。ゆっくり降りる。昼過ぎ、登山口へ到着。みんな笑顔だった。ガイド&ポータ達にチップを払い、バスでコーヒ畑をぬけ、モシの町へ。あー、下界の空気だ。

レンタルしてたものと引き換えに、登山証明書!!一生に一回は行く価値あり。でも当分、山はいいや(笑)。ゲストハウスにいき、久しぶりの水浴び。今までこんなに長いことお風呂に入らなかったことはなかったと思う。水が黒い。。さっぱりしてから昼食へ。ってもう16時半。ここで、何名かと別れる。サファリや他の同期のところへ行くとのこと。彼らに会えて、一緒に登れて良かった。

そして、モシに住んでいる専門家のお宅におじゃまする。一昨年の紅白のビデオを見ながらカレー。こういうのはどこも同じだな。そして、さらになんとディスコへ。みんな疲れてないの??っていうくらい、踊りまくってた隊員も。でも、疲れよりもなんか楽しかった。タンザニアの音楽は少し違う。スワヒリ語の響きも好きだなあ。結局夜中の3時まで。今日、山下りてきたんだっけ!?

 

2005-01-01-SAT 「アタック&初日の出」

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

遅れないよう列の真ん中にいれてもらい、0時15分頃出発。これから先は、ほんとに気合だな。月明かりの中、15名+ガイド・サブガイド6名の列が続く。岩場をぬけ、きつい傾斜の砂利道の中、ほんとに一歩一歩足を進める。途中までは少し休憩しつつもその列についていっていたのが、1回「もうあかん」って思ったら、ほんまに足がついてこなくなった。そして、列から遅れる。サブガイドの1人が付いてくれて「行こう、がんばろう」と私の背中を押す。10歩歩いては休憩の繰り返し。頭痛はしないが、息がくるしい。倒れこむように休憩。せっかくもらったヴィダインゼリーも吐いてしまう。フルマラソンよりきつい。くやしいけど、自分で限界を作ってしまった。それでも、みんなが上で待っていてくれている。がんばろう。もう少しって。ぼーっとした頭で思いながら。

途中で、空がだんだん明るくなってきた。なんともいえない空の色。どきどきするが、体がいうことをきかない。一歩ずつ。みんながいるあそこまで。最後はガイドに引っ張りあげられて。たどり着いたところは、5700mの中間地点。頂上のウフルピークまでは、まだ200mくらい登らなくてはいけない。。初日の出を見ながら、頂上を目指して歩き出す。ここまできたら行くしかない。でも、そのあと少しの道のりが、永遠に続くかと思うくらい長く感じる。すれ違う欧米人は陽気に「Happy New Year!」って。意識朦朧で返事を返したかも覚えていない。でも、朝日に染まる雪景色、エメラルドグリーンの氷河はうっすらとした記憶の中残っている。

やっとのことでウフルピーク(5895m)。何名かに迎えられ、うれしさと今までたまってたものがはきでたのか涙が止まらなかった。みんなで写真を撮ろうという時に、最後の1名も!!これで15名全員登頂。みんながみんなそれぞれに大変な思いをしたけれど、ここまでこれたことがすごい。彼らと一緒に登れてほんとに良かったと心から思う。

感動に浸る間もなく、すぐ下山。登りに比べてましかと思いきや。。足の負担に加え、頭痛や吐き気も始まった。同期隊員とサブガイドに付きそってもらい、 休憩しながら寝てみたり。進んでも進んでも着く気配がない。日差しがきついのに日焼け止めをぬることすらできなかった。結局キャンプサイトに着いたのは12時をまわっていた。計12時間歩き続けたことになる。倒れこむようにテントで休む。昼食ものどをとおらない。それより、今は眠りたい。

同期隊員みさえがスープをもってきてくれた。それを飲んでからまた出発。まだここからさらに1700m降りなくてはいけない。私はここから動きたくないのに。。が、仕方ない。このちょっとの休憩でだいぶ回復。ゆっくりなら歩けるようになったし、頭痛・吐き気もおさまった。私が遅れても同期が一緒に歩いてくれた。結局最後のキャンプサイトに着いたのは、19時。日も暮れかけていた。

お正月だということで、持ってきていたお餅をフライパンで焼いてしょう油つけて、のり巻き。1人半分しかなかったが、とてもおいしかった。最後の山での夜だから?、みんな登れたから?やっぱり乾杯でしょ。彼らはビールを山頂まで持って行ってたけれど、結局飲まなかったらしい。そして、1人ずつ寝袋で寝ることができる。久しぶりの安眠。


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