Diary

 

2005-03

2005-03-31-THU 「最後の授業」

生徒は再来週から実習に行ってしまうので、とりあえずは今日が1グループ目最終授業。

協力隊を受ける時から先生がやりたかったから、それが実現して良かったなと思う。学ぶことはたくさんあった。できた時に生徒の喜ぶ顔がやっぱりうれしい。みんなパソコンの授業楽しかったと言ってくれる。看護学校で働けて良かった。

あとは、先生達にどこまで教えれるか。がんばろう。

 

2005-03-30-WED 「29歳」
 

「29歳のクリスマス」の小説を読み始めた。当時(1994年秋)ドラマを見ていたはずだが、あまりよく内容を覚えていない。というよりも、その頃はそこまで主人公の感情が理解できていなかったんやろな。今主人公と同い年になってみて、すごく共感できる。ぐんぐんはまってしまった。

仕事、友人、恋愛、結婚。理想と現実。こんなアフリカにいても、働いていた時のことを思い出した。こっちにいると年齢を意識することがない。もともと年をとるのが嫌と思ったことはあまりないが、30歳を目前にして、帰国を目前にして、これからどうしようかなあとふと考えてしまった。

自由だけど孤独。孤独だけど自由。
年だけ、大人。心は、まだ、ガキ。
強く、やさしく、素直になりたい。

何があっても、自分の人生を好きだと思える、そんな生き方をしたい。
自分で選んだ、自分の人生。 誰のものでもない、私の人生。
幸福は、人に与えてもらうものではない。自分でつかむものなのだ。

 

2005-03-29-TUE 「一応」
 

報告書提出日なので、また授業を交換してもらった。添付資料として、井戸調査の写真を加える。あと、調査済み井戸数を表にまとめて。今作っているデータベースに入力すれば、自動ででてくるのに、イチイチ数えて。技術報告書はできあがったが、やはり会計報告書が今日中には無理とのこと。同僚が領収書を提出せずに出張に行ってしまったため。。

夜は、ウクレレ。だいぶ思い出してきた。週末にけん玉大会があるから練習しようかなあとも思いつつ、ウクレレに手が。。ごめん、たもっちゃん。

 

2005-03-28-MON 「報告書」
 

報告書、明日最終提出日なので、ちゃんとしたものを提出するように釘を刺す。あとはデータベースのレポート2種類作成。まだデータが1割くらいしか入っていないので、早く入力していきたいのだが。

今日はさすがにみんな事務所で報告書にかかりっきり。私もチェックを入れて。なんとか間に合いそうだ。ただ会計報告書に関してはわからない。こないだ喧嘩?してからあの部屋に近寄りたくもない。どうなることやら。

 

2005-03-27-SUN 「ウクレレ」
 

昼過ぎみんなを見送った後、少し休憩。最近のうっとおしい気分から抜け出すために、「やりたいのにできていないこと」を一つづつやっていこうと思った。まずは、ウクレレから。何ヶ月ぶりにさわるやろか。イチから練習。やっぱりウクレレの音色好きやなー。ちゃんと弾けるようになりたいから、毎日少しずつでも触っていこ。

 

2005-03-26-SAT 「Zongoene+誕生日会」

まりちゃん、ひろみとXaiXaiのMercado(市場)へ行き、かおりちゃんのプレゼントを探す。カプラナがいいかな。なんにでも使えるしね。その後、NataliaたちとZongoeneへ。人数が多い(計9名)ので、荷台に乗り込む。ちゃんとクッションを用意しておいたので、お尻も痛くない。風と流れゆく緑の景色、広がる青い空が気持ちいい。

昼食をリゾートなLodgeで食べ、その後は散歩。潮が満ちていて、河口まではたどりつけず。戻って車で反対側から河口へ。ベンチもあるから今度はサンドイッチなど持参でピクニックしようということに。外海はあんなに波の音がすごいのに、なんでこっち側は音がまったくないのだろう?この静けさがZongoeneのいいところだと思う。帰りも荷台に乗り込む。なんとなくこの自然を満喫したくて。夕日の景色。そして、今日は出たての満月がとっても大きく赤かった。Limpopo川に映る月の影がほんとにきれいだった。

家に戻って、夕食。お土産でもらったタイカレーの素を使って。エビ&オクラ&ナス。ごぼうサラダ、かおりちゃんの誕生日会ということで、サングリアで乾杯。デザートはレアチーズケーキ。あと3ヶ月、こうしてみんなと楽しく過ごせたらなと思う。

 

2005-03-25-FRI 「Pascua」
 

今週末はPasucua(イースター)なので、仕事は昼まで。なので、Malacuja(パッションフルーツ)でジャムを作ったり、時間のかかるキャッサバをゆでたり。時間を活用。

そして、またまたDVDを見始める。その中のCMで、携帯電話で写真を撮ってそのままプリンターに送信、プリントアウトできたり。。日本ってすごい。帰ったらほんまについていけるかなあ、と少し心配になってきた(笑)。なんかだいぶ心が日本に向いている、今日この頃。

 

2005-03-24-THU 「引き気味」
 

かおりちゃんの誕生日。看護学校の掲示板に「昼休みに1月、2月の職員の誕生日会をする」と書いてあった。結局、私が午後の授業をしている間に、ケーキ、クッキー、ジュースなどで簡単な誕生日会が行われたらしい。けれど、本当に1月、2月の誕生日の人のお祝いだったのだと。自分の誕生日に人のお祝いするなんて。。しかも誕生日プレゼントはなんとモザンビーク人の一番好きなもの、「お金」。聞いただけでもちょっとひくなあ。月々1人200,000MT(約1000円)も集めるらしい。今さらながら、やっぱり理解できないことが多すぎる。

 

2005-02-23-WED 「底上げ」
 

昨日他の先生と授業を交換してもらったので、生徒の授業を朝イチから行なうことに。しかし、車が遅れて授業もやりたかったところまですすめず。。

その後先生2名が私のところに来て、成績票を作りたいのでExcelを教えて欲しいと。なので、イチから教える。表の作成方法だけでなく、基礎も知っておいた方が今後のためになるから。彼らは私が帰ったらどうすればいいの?って。もちろん帰るまでにもう少し底上げしていきたいと思います。

 

2005-03-22-TUE 「Dia Mundial da Agua」

世界水デー。今年はMaciaでイベント開催。毎年、違う郡で。おそろいの帽子とTシャツが支給される。それプラス、女性は自分たちでおそろいのカプラナを用意する。もちろん私も。この帽子とTシャツが曲者で、昨日一日中他の部署の人がひっきりなしにそれ目当てで訪問。収集つかないくらい。

何件か水サイト(井戸や給水塔)を視察後、住民達との集会。その後、昼食会というスケジュール。しかし、集会中に大雨が降りだしてきた。外だったので、みんな木陰に入ったり、カプラナかぶったり、中には座っていたイスを傘がわりにする人まで。水の日だから、雨なんだと。昨年は晴れてたやん!?

とにかく、あまり趣旨のわからないイベントだった。みんな昼食を楽しみにしているだけのような。。

 

2005-03-21-MON 「自分にできること」
 

明日水のイベントがあるので、みんなその準備でにかかりっきり。もう報告書なんて言っても仕方ないのはわかっているから、今日は自分にできることから。レポート追加、マニュアル作り。しかし、そのマニュアルもマプトで作るようなことを言っているので、協力して作らないと。

 

2005-03-20-SUN 「少しは。」
 

今日はDitaの誕生日なので、デザートを作って昼過ぎ家まで持っていった。彼女の家も久しぶり。息子がかわいい。彼女はデータベースの入力を担当しているので、他の州の仕事も知る方がいいと思い、私の代わりにInhambaneに出張に行くようすすめた。彼女が一番データベースの大切さをわかっている。

Inhambaneの方が井戸データは全てそろっているが、私にいろいろ教えてもらっているおかげでそこの職員よりも自分の方がデータベースの使い方や中身については詳しかった、と喜んでいた。マプトのプログラマーのことを私がだいぶ助けているのを彼らが感謝していると聞き、少しは報われた。本来なら私が彼らと仕事をして、彼らが全国の水局職員に指導するのが一番いい(普通の)流れだと思うのだが。。

やはりDitaも近々大学で勉強したいとか、他のNGOで働くかもしれないなどと言っているので、彼女だけに教えていてはだめだ。しかし、あの他の職員たちをイチから指導するのか。考えただけで気が重い。

 

2005-03-19-SAT 「Amarula」

家の掃除。台所、浴室中心。なんかいらいらするから磨きまくってた。

今日はかおりちゃんと2人飲み会。いらいらを全部吐き出そう大作戦?って言っても2人ともあまりお酒は強くないので、Amarula(南アの甘いお酒)のルイボスティー割り。それがまたおいしくて、ついつい。

延々とモザンビークの駄目だし。これでもかっていうくらい。ありがとう。おかげで少しすっきり。こういうのもたまには必要やなと思う。ためるのは良くない。こころにも、からだにも、まわりにも!?

 

2005-03-18-FRI 「もう知らん。」
 

今日は課長代理は州知事との会議。他の課員は違う部署の同僚のお葬式で、仕事にならない。のばしてもらった報告書の期限すら守れない人たち。もう知らん。何も話したくない。

 

2005-03-17-THU 「計画立て直し」
 

看護学校で生徒に授業するのは楽しい。みんな興味深々で学びたい思いが伝わってくるから。こういう人達に教えるのはいくらでもしたいと思う。

技術移転として、一人の職員にPCルームと私が作ったシステムの保守をまかせようと思っていた。もともと私が来る前は彼がパソコンの授業を担当していたということもあり、今までも教えながら一緒に作業を行ったりしてきたのだ。しかし、今月いっぱいでやめるとのこと。

これもまた計画立て直し。またイチから他の人に教えないと。しかし、彼レベルの人はなかなかいない。看護学校側は他のNGOにパソコンできる人に来てもらうようにお願いするとのこと。ここでも結局頼りっぱなし。とりあえず、私はマニュアル作りから始めるか。

 

2005-03-16-WED 「何?」
 

報告書、まだできていないと。今日中にちゃんとしあげるように言う。何故お金を使いきったのか。各グループ何日日当をもらい、いくらガソリン代を請求したのかという資料がまとめてあるはずなので、それを見せてもらうようにお願いする。と、拒否される。はじめはその資料のコピーを私にも提出するという約束だったのに、もらっていない。お金の管理を彼らにまかせたのがやっぱり失敗だった。日当ではなく、出来高制にするなど、彼らを信用してはいけなかった。

データベースを完成させるために必要なデータなので、調査が終わらないと私の仕事にも影響してくる。課長にも出てきてもらうが、休暇中だから話し合いもしたくないという態度。今までにも何回か仕事で彼らに怒ることはあったが、今日ほど切れたことはなかったかも。しまいには、「もっとあなたはモザンビークを、モザンビーク政府を尊敬しなさい」と言われる。こんな状態でどうやって尊敬できるの!?仕事に関してはまったく無理。

頭を冷やすため、一人で町へ。今の時期にこれはつらい。今はモザンビーク人とは接したくない。話したくない。私の立場って何やろう。彼らにとって、私は何やろう。ただいたらいたで都合のいいパソコン教えてくれる人。水技師でもないから、彼らの仕事には口出しできないのか。お金しか見えてない。仕事に対する責任感、やる気がない。私がいなくても彼らは困らない。私ひとりでがんばっても彼らが必要と思わなければ意味がない。データベースを完成させたいという私のエゴなのか。もうどうでもよくなってきた。

援助さえいらないと思えてくる。彼らをだめにしている。自分の力で何もできなくなっているのは事実。豊かな生活って何?便利って何?それを無理やりおしつけるのは意味がない。過保護になりすぎている。モザンビークを甘やかしすぎだと思う。これでは、いつまでたってもひとり立ちできない。

 

2005-03-15-TUE 「さらに。」
 

マプトのプログラマーがInhambaneに新バージョンのシステムをインストールするので、一緒に来て欲しいと頼まれたが、看護学校の授業があるので今回は断った。それなのに、車の調子が悪いからと9時に迎えに来てもらう予定が、授業ぎりぎりの10時半になるという。

授業の準備を家でして、待つ。しかし、待てども待てども迎えは来ない。何の連絡もしてこない。11時。授業開始なのに。電話をこちらからかけても、今車は市内にいるからとのこと。生徒たちが集まっているというので、他の先生にお願いして先週のおさらいをしておくようにと伝える。

結局、間に合わなかった。教務主任にどういうつもりなのか、パソコンの授業はあなたたちにとってはどうでもいいのかと尋ねる。できなければできないで仕方ない、という態度。生徒が楽しみにしているのがわかる分、腹立たしい。とにかく、昨日に引き続き、モザンビーク人を理解できないピークに達している。

水局に電話してFAX(手紙)を送ったか確認すると、局長のサインがもらえず送れないとのこと。それなら一言こちらから電話をかけなさい、と言うと、電話代がないとのこと。はあ、だめだ。これは。情けなくなってきた。常識、という言葉は彼らには通じない。

Nataliaを誘って、久しぶりに海岸を散歩。彼女と会うのもひさしぶり。Nataliaの仕事もいろいろ大変。こういう時に、お互い話しができる人が近くにいてほんとに良かったと思う。少し癒される。

 

2005-03-14-MON 「気合い、入れなおしのハズが、、」
 

残りもあと4ヶ月。実際の活動できる期間はもう少し短くなる。なので、ほんとにラストスパート。気合い入れなおしやと思って職場に行く。と、井戸調査の期限が明日なのに、調査がすべて終わっていないとのこと。しかも、報告書の「ほ」の字もできていない。みんなを集めて会議をしたいとお願いした。

そして、調査の現状報告を受ける。問題はもっと深かった。お金を全部使い切ったというのだ。理解不可能。ありえない。まだ1/4くらい残っているのに。。はあ。とりあえず今までの分だけでも報告書を書くことを指示。明日までに間に合わないのなら、その旨をちゃんとJICAにも理由を添えて、手紙を書きなさいと。何故こういうことをいちいち言わないとわからないのだろう。責任感というものは彼らにはまったくないのか。

データ入力もこんなにたくさんある(1500件)なら、1年はかかるって。私がやれば10日でできる。でも、それじゃあ意味ないのか。とにかく、明日報告書を書くというのを信じて。

 

2005-03-13-SUN 「例の。」

昨日の夜、雨がかなり降っていた。そのせいか、羽あり(もっとでかい虫?)の羽が玄関先に気持ち悪いくらいたくさん落ちていた。その掃除をするのは私。ほんとに人迷惑な虫だ。

気を取りなおして、お昼は友人達が死守してくれたUFOを。あの湯切り穴がどんどん改良されているのに感動。だいぶ昔?は、失敗して流しにこぼした経験をみんなも一回くらいしているのでは?味は変わらないか。なつかしくおいしくいただきました。

その後はひたすら借りてきた日本のドラマのDVD見て。明日からはしっかり仕事モードに戻さないと。でも、その前にリハビリ!?

 

2005-03-12-SAT 「学ぶ」
 

ほとんど丸一日寝てたことになる。こんなに寝たのは久しぶり。まだ頭がボーっとする。昼過ぎ少しましになったので、XaiXaiへ。家に帰ると、友人たちと出かけた時のままの状態だったので、なんとなくしみじみ寂しくなってしまった。メールで無事日本に着いたことを確認。良かった。

友人たちと過ごして、新鮮な目で物事を見ることを思い出した。学ぶという姿勢。忘れていたなあ。ほんとに来てくれてありがと。また日本でゆっくり話そうな。

 

2005-03-11-FRI 「空港にて。」

飛行機までの時間を活用しようということで、お土産を買いに。中央市場でカシューナッツの味付けなし、塩味、ピリピリ味を。生地屋さんへ行き、カプラナ&レンソル。たしかにアフリカならではの柄とか結構あってかわいい。

そのまま空港へ行き、荷物をその場でまとめてチェックイン。しようとしたら、、警官に止められる。荷物を見せなさいと。彼らが言うには、カシューナッツは1人2kgまでらしい。それを知らなかったし、空港のどこにも書いていない。だいぶ抵抗していろいろお願いして、他の人にも助けてもらいなんとか通してもらった。その節はほんとお世話になりました。

モザンビークの空港はかなり質が悪いと思う。入ってくるときも、お土産の焼きそばUFOでもめ(笑)、1時間くらいつかまっていたらしい。ほんとに今回の旅行は空港で始まり、空港で終わった旅やったね。後は3人が無事に日本に帰ることを祈るだけ。荷物もちゃんと着きますように。。飛行機が飛び立つ瞬間まで見送っていた。

その後、ほんとはそのままXaiXaiに帰ろうと思っていたのだが、力尽きました。気分まで悪くなってきて、マプトでひたすら寝てた。張り詰めていた糸が切れたように、ここ何週間かの疲れがどっとでてきた。

2005-03-10-THU 「授業参観+滝+チキン+。。」

春から理科の先生になるMちゃんの要望に答え、Namaachaの隊員の授業参観へ行くことに。そのためには、朝6時に出発しようと言ってたが、、起きたの6時。まあ、ちゃんと休むのも大切やしな。朝ごはんを食べ、家の近くのお気に入りの場所(高台)に案内してから、Chapaでマプトまで。待ってる時間がもったいないので、2人分多めに払い、4人がけの席に3人がけでほんの少しゆったり。ただ、暑いのはどうしようもないけど。

マプトからはタクシー(見た目よりひどい)を借り切って、Namaachaへ。途中故障のハプニングもあったが、なんとか14時の窪田くんの授業に滑りこむ。今日は顕微鏡の実験。準備がしっかりしてあり、少ない顕微鏡をうまく使っているなと思った。さすが。授業の後、けん玉の技を披露してもらう。

その後、おんぼろタクシーに6人乗り込みとりあえず滝へ。うーん、こないだすごい滝を見てきた後なだけに。。スワジランドの国境まで行き、念願のナマーシャチキンを食べる。ずーっと食べたかったのだが、何故か機会がなかったから。たれがまたなんともいえずおいしい。

住居を拝見した後、暗くなるのでマプトへ。帰り道、稲妻が。まるで映像を見ているみたい。空一面が明るくなる。やっぱり雷まで生きているように感じるのは、まわりに何もないからだろうか。光った瞬間、木々の陰がまるでパラパラ漫画?影絵?みたいに映る。4人とも空にくぎづけ。

夕食は、シーフード。さっき食べたとこなのが失敗!?そして、モザンの最後の夜を楽しもうということで、ディスコにでかける。モザン人は踊りがうまい。特に腰の動かし方は絶対まねできません。満喫してもらえたでしょうか?モザンビーク。

 

2005-03-09-WED 「MATA SAGRADA」

元モンゴル協力隊(森林経営)のOくんの森林を見に行きたいという要望を同僚に相談すると、XaiXaiから20kmくらいのところにある「Mata Sagrada」を薦められた。「Mata Sagrada」とは、「神聖な森」という意味。しかも、そこに入るには、村のリーダや郡長なども出席したミサを行わなければならない。昨日もらったリストを元に、ミサに必要な物を用意する。鶏2羽、赤ワイン5リットル、伝統的なタバコ、200,000MT、小銭。

村に着き、ミサを行うにあたり注意をうける。何か(精霊など)が見えたとしても、怖がらないでくださいと。案内された広場の真ん中に大きな木(神木)が1本、布をかけて祭られている。ここで、まず鶏の血を木にかけ、しめ、その場で焼いてみんなで肉を食べる。骨を木の元に返す。ワインも木にあげてから、みんなでまわし飲む。村の人達によるミサが始まる。私達を森林に入れてくださいとお願いする。この儀式をしないと、森の中にたとえ入れたとしても、出てこれないそうだ。甲高いかけ声でしめ。

そして、いよいよ森の中へ。確かにガザ州はカシューナッツなど低い木が多いのだが、ここにはいろいろな種類の木がたくさんある。Oくんはメモをとりながら、種類や樹齢など木についていろいろ質問するが、残念ながらほとんどわからないという答えが返ってくる。

森を一通り見た後、友人たちに見せてあげたくて、村の女性達に伝統的な踊りをお願いした。友人たちもノリノリで一緒に踊る。お金をやっぱり要求されたけれど、渡すとさらに陽気に踊ってくれた。そして、カニュンのお酒も振舞ってくれた。お酒がはいると、みんなまた踊りだす。なかなか貴重な経験だ。

XaiXai最後なのでやっぱり、海。今日は私のお気に入りのビーチに行ったのだが、天気がイマイチ。そして、クラゲが。もう夏も終わりやしかな。それでも、誰もいないビーチでひと泳ぎ。

夕食は、同僚の家でモザンビーク料理を作ってもらった。Cacana、鶏のトマト煮、シマ、ライス、そしてキャッサバ。おいしいと。うん、やっぱりおいしいやんな。モザンビークのごはん。家に戻り、写真の整理。あー、何で楽しいことは早いんやろう。残り明日1日になってしまった。

 

2005-03-08-TUE 「友人たちと」

授業が午後からなので、午前中はゆっくり。たぶん久しぶりによく寝た。そして、12時頃迎えに来てもらい、看護学校へ。構内を一通り案内し、昼食のモザン料理ライス&魚のトマト煮を試食。授業は11時からに変更になっていて、他の先生が変わりにしてくれたらしい。残念。せっかく授業参観しに来てくれたのに。結局何もすることがなくなったので、歩いて国道まで。

道の途中、太鼓の音につられてのぞくと、みんな歌ったり、踊ったり。何事かと尋ねると、お葬式だった。Mちゃんが踊りに参加。こういう生の生活を見れるのは本当に貴重だと思う。ただ旅行しているだけでは、なかなか出会えないから。

Chapaを乗り継ぎ、ビーチへ。水着を持ってきていなかったので、散歩。貝殻拾ったり、クラゲで遊んだり。夕方のインド洋を3人で眺めているのは不思議な感じ。昨日Chibutoへ行ってたOくんを迎えに町まで戻る。買い物をしてから、一杯。暗くなると帰りのChapaがなくなるので、続きは我が家で。ビールを買い足し、夕食。ツナ&トマト&茄子パスタ、キャベツ&エビのしょうが風味スープをKちゃんが作ってくれて、ベテラヴァ(ビーツ)。Oくんの散髪をした後、みんなで庭に出て完全防備で南十字星を確認。いつももっと見えるのに今日の夜空は星が少なかった。残念。

 

2005-03-07-MON 「XaiXaiへ移動」

ホテルの朝食をみんなで。8時から会議なので、あんまりゆっくりできず。私がJICA事務所へ行っている間、友人達は博物館もしくはプールにいるとのこと。事務所にて安全対策会議。年末、年始と少し事件が続いたから。みんなの気を引き締めるのと、安全対策の再確認が目的。特に、マプトの危険地域をもう一度おさらい。中央市場なども危険地域に入っているが、要するに心がけ。近づかないのが一番かもしれないが、自分の身は自分で守る。注意する、しないでは全然犯罪に巻き込まれる率がかわってくるのだ。

思っていたよりも長びき、11時頃ホテルへ戻り3人と合流。タクシーで郵便局、中央市場へ。そこでお土産をみる。XaiXaiには何もないからなあ。急いでまたホテルへ戻り、荷物をまとめて大型バス乗り場へ。あんなに急いだのに、バスの調子が悪いのかなかなか出発しなかった。途中昼食代りに、クッキー、りんご、パンを窓から乗り出して買う。4時間、暑い中窓の外の景色を眺める友人達を見て、初めてこの景色に出会った時のことを思い出した。

暗くなってきたので同僚に迎えに来てもらう。家に着き、部屋に入ると、、コウモリが一匹死んでいた。それだけでも嫌なのに、さらにもう一匹生きているのが!!私は友人たちの影に隠れ、何もできず。結局捕獲して、ビニール袋に2匹ともいれた状態で、私は外に捨てに行っただけ。気を取り直してそうじした後、夕食を簡単に。みんな疲れているから今日は早めに休もう。

 

2005-03-06-SUN 「送別会その2&友人達との再会」

朝起きて、友人たちとプールへ。約1時間各自ひたすら泳ぐ。その後は、隊員主催でタイ料理レストランにて参事官ご夫妻の送別会。元協力隊だったこともあり、隊員には親身に接してくださったので、ごあいさつしたくて。奥様の手料理にもかなり癒されました。隊員時代の写真を拝見したり。しめは福袋?くじ引きにて、私たちへプレゼントが。日本食だったり、台所用品だったり。隊員みんな大はしゃぎ&大喜び。ほんとにありがとうございました。

そして、日本から来ている友人たちがモザンビーク島から帰ってくるので空港まで迎えに。1年半ぶりだ。扉が開き、はるばるモザンビークまで来てくれた3人を見つける。笑顔になる。で、私を見て一言目。「黒っっっ!!!」。。。

友人の車にてとりあえずホテルへむかう。その間もビデオカメラをまわしている。私が撮れていない景色とか、撮りたい景色とか、住んでては躊躇してしまうようなところも構わず。強いなあ。旅行者って。移動ばっかりで疲れているやろけど、なんせ彼らには1週間しかない。積もる話もあるけれど、少し休憩してから両替がてらショッピングセンターへ。やっぱりアイスを食べる。

夕食後も隊員みんなと同じホテルなので、ロビーでおにぎりせんべいなどのお土産を食べつつ話し込む。タイミング良く他の隊員にも会えて良かった。部屋に戻って梅酒飲んだり、一人はプールに泳ぎに行ったり。真夜中にバタフライしてた。お酒はいってるのに、大丈夫かあー?

 

2005-03-05-SAT 「テニス&送別会その1」
 

6時半起きでテニス。テニスもかなり久しぶり。朝イチでやるのは、昼はまだまだ日差しがきついため。合計3時間。5人でダブルストーナメント総当りをした後、なぜかシングル。疲れたあ。そして、眠い。

シャワーを浴びたら、田村家に集合。今日は水の専門家の送別会。久しぶりに隊員も全員集合。メニューは海鮮ちらし、手巻き寿司、肉炒め、エビから揚げ、イカリング、雑炊、サラダetc..手分けして料理。こういう風にみんなで集まるのはいつぶりだろう。今は隊員の人数が少ないからこういう風に気軽に集まれるけれど、夏には今の倍になるらしく、遠い隊員とは半年に1回しか会わなくなるそうだ。隊員がどんどん増えれば、またがらっと雰囲気が変わるんやろうなあ。

 

2005-03-04-FRI 「帰郷」
 

昼前には空港へ。結局ザンビアでお土産は何も買わなかった。首都のルサカとかに行けば、何かあるのかもしれないが。。昨年のこと(荷物がでてこなかった)があるので、手荷物で。ヨハネスの空港で4時間過ごす。さらに飛行機が少し遅れ、マプトへ着いたのは、21時前だった。

友人が迎えに来てくれ(ほんとに感謝です。)、夕食はインド料理。3日連続なのに食べれるのは、カレーのバリエーションが多いからだろう。今回の旅行はあまり外国を感じなかったなあ。しいて言えば、もうちょっと英語話せたらなあということか。モザンビークに帰ってきたら、やっぱり「帰ってきた。」と思うけれど、もし何年後、何十年後かにここに戻ってきた時にもそう思うのだろうか。

 

2005-03-03-THU 「自然の存在感」

今日は最終日。何をしようかなあとアクティビティのリストを見つめるが、別に無理やり何かをしなくてもいいかという結論に。ルナレインボーが見れなくても、夕焼けの滝は見れるでしょ。ということで、またまた滝まで行ってしまった。この旅は滝三昧だな。

何時まで営業しているかを確認し、チケットは1日中有効だというので昼間の滝ももう一度。この前来た時に見逃していた(上流から滝を見れる)場所へ行く。夕方まで時間があるので、近くのホテル隣接のショッピング街?をうろうろしていると、カフェ発見。サンドイッチとアイスコーヒを注文。(こっちではアイスコーヒを飲む習慣がないため、店で飲んだことはない)。おいしかったあ。そして、またまたプールへ。ほんとはここ、宿泊者のみに開放されているプールらしいが、一応店員さんに聞いたらOKだったので心おきなく。

そして、いよいよ夕暮れ。ひととおり滝を見ながら写真スポットを探す。さすがに夕方は気温が低くくなっているので、水しぶきがかかると寒い。結局、その水しぶきのかからないポイントを見つけスタンバる。考えることは皆同じ?。他にもカメラを構えている人たちが現れる。幻想的な夕暮れ。川にしても、滝にしてもやっぱり自然は偉大だ。私たちが毎日の生活をしている間も、この大量の水は流れている。私にとってはこの今見ている光景はもう一生見れないかもしれないけれど、滝はここに存在する。太陽は昇り、沈んでいくのと同じように。普段は気付かない自然の存在感というものがアフリカにはある。

 

2005-03-02-WED 「ヘリコプター」

午前中は、町ぶら。チキン専門ファーストフードで、セット(チキン2ピース、ポテト、コーラ)をテイクアウト。こういうファーストフードも何年ぶりやろう。マプトのケンタッキーも行ったことないし。公園にて食べる。なんかザンビアに来ても、言語が違うだけでやっぱりアフリカはアフリカやな。特に普通に過ごしている自分がいる。慣れってこわい。いや、いいのか!?

土産物屋をのぞくもモザンビークのとたいしてかわらない。ちょっとかわいいかなと思っても高いし。タンザニアにはあんなに買いたいものがいっぱいあったのに。なんだこの差は。

そして、乗ってしまいました。ヘリコプター。そこに行くまでのサファリカーですでに興奮気味。本物を見て、またドキドキ。乗り込んで、ヘッドホンをつける。おぉぉぉ。飛んでるよぉぉぉ。景色が小さくなっていく。飛行機とはまた全然違う。すぐそこが外だからか、前方がガラスだからか、空も緑も川も谷も、すべて近くに感じる。ザンベジ川の渓谷を抜け、ビクトリアフォールズを上空から見下ろす。何周かまわってくれて、虹を上から見るのも初めてだ。あっという間の30分。高いけれど、乗る価値あり。まださっきの景色が目に浮かぶ。

夕食はインド料理。ザンビアに来て初めて「おいしい!!」という言葉が。やっぱり食べ物で旅行(その国)の良し悪しが決まるかも。私の場合。

 

2005-03-01-TUE 「モザンビークのいいところ。」
 

昨日滝で見かけた日本人2人も一緒の宿だった。朝食時間が重なったので話しをしてみると、バックパッカーだった。モザンビークには日本人のバックパッカーはほとんど来ないのでなんか新鮮。ナイロビ(ケニア)から入り、タンザニア、ルワンダ、ザンビアとまわり、ナミビア、ケープタウン(南ア)まで行くらしい。タンザニアで全財産盗られたりと既にいろいろ経験済み。彼らに、こういうところで会う、しかもアフリカに住んでいるなんて、と「変な人たち」よばわりされてしまった。でも私からしたら、わざわざアフリカに、しかもバックパッカーとして旅行に来るほうがすごいと思うけれど。なんでモザンビークを外すかなあ、と海のきれいさと食べ物のおいしさを宣伝しておいた。やっぱり書くしかないか。地球の○き方。。

両替を済ませ、ミュージアムに行ってみる。こないだレストランで出会ったそこで働いているコンピュータ技術隊員の職場を見学。彼は隊員としては3代目らしく、もうすぐ任期終了。後任を呼ばないため仕事の引継ぎが忙しいとのこと。そろそろ引継ぎのこと考えないとなあ。私も。

夕食は、内陸のシーフードを食べてみようということに。このレストランは他と比べると、値段が倍くらいする。仕方ない。採れないのだから。そして、味の方は。。ノーコメントで。モザンビークのいいところ。海産物がおいしい!!


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