Diary

 

2004-12

2004-12-31-FRI 「大晦日の岩登り」

朝食で日本からの豚汁を一口飲んだだけで元気になる。今日が山場。ということで、ポカリを作る。昨日の夕食を食べれなかった人も気合で出発。ほとんどの人が頭痛になってた。岩壁をほんとに時にはよじ登り。もう植物も生えていない。ポーターの1人が岩から落ちて、骨を折ったとのこと。それでもここから自力で戻らなければいけない。大変な仕事だと思う。

16時半、やっとキャンプサイト(4700m)へ着いた時には、足が限界だった。何名かは高度順応の為散歩にでかけたが、私はパス。今晩のアタックにそなえ、あまり消化の良くないものは避けた方がいいということで、大晦日の夕食はジャガイモのスープ、フルーツ、チャイ。準備を整えて、19時半仮眠。上7枚、下3枚着込むが、やっぱり寒くて寝れず。この寝不足でほんとに登れるんだろうか。。

23時起床。ビスケット1枚とカップケーキ、砂糖たっぷりのチャイをいただく。気付けば、0時。みんなの時計が合っているのかわからず、満天の星空の中、各自とりあえず新年のあいさつ。

 

2004-12-30-THU 「雪」

ようやく朝、雨があがった。外に出てみると、なんと山頂は雪が降ったらしくキリマンジャロが昨日までとは違う姿になっていた。今日は最高4700mまで登るというので、防寒対策。昨日よりさらに着込む。登っていくと、途中からあたりに雪がチラホラ。2年ぶりの雪に感動。さすがに食べはしなかったけれど(笑)。さらに登っていくと、チラホラどころではなく、雪道に。

気をつけて歩くから速度も遅く、さらに天候も悪いため、4200mを超えたところでルート変更。3900mのキャンプサイトまでひたすら下りが続く。キリマンジャロの雪解け水でできた川や滝を超え、サボテンのような高山植物が生い茂る、ナウシカにでてくるような渓谷。下りはひざに負担がかかる。そして、靴ずれまで。。一番後ろでガイドとゆっくり。足が痛い。高山病はまだ大丈夫なのに、体がきてる。

それでも、ここの景色に癒される。うっすら夕焼け雲。空のグラデーション。3名は夕食が食べれないくらい高山病がひどい。せっかくカレーと肉だったのに。今度は私の寝袋がビショビショになっていた。ポーターが運んでる時に雨が降ったのだろう。またまた寒くてちゃんと寝れず。足が冷えて、何回も夜中に起きてさすっていた。あの下界の暑さが懐かしい。

 

2004-12-29-WED 「富士山を超す」

朝食は外で。食パンにピーナツバターとハチミツをたっぷりぬって。ウジというシマのゆるいお粥みたいなもの、サラダ、ソーセージ、スクランブルエッグ、マンゴ。そして、チャイ。かなり歩くからたくさん食べておかないと。雲が晴れて、キリマンジャロが姿を現わした。

出発前に、ハプニング。ガイドが高山病で下山することに。みんな少しびびる。ポーターの1人がガイドをかねる。今日もポレポレでがんばろう。急ぐ必要はないのだから。高山病にかからないためにも。

昨日の森林とは周りの景色が変わって、少し岩場。それでも高山植物が生えていたり、写真撮る余裕はまだあった。遠くにメルー山が見える。ひたすら登る。さすがにだいぶ寒くなってきた。雲の中にはいると霧みたいな小雨が続く。Tシャツ、トレーナー、カッパ。そして、今日のキャンプサイト(3840m)に到着。富士山より高い!!頭痛の人が何人か現れはじめた。チャイを飲んでから、高度順応のため1時間ほど散歩に出かける(強制)。洞窟があったり、なかなかきれいな景色。

夕食が終わってもまだ18時半。寝るには早いということで、女性3人でテントの中でおしゃべり。21時頃寝ようとしたら、雨が降り出した。テントだと雨音が直に聞こえて、寝たいのに寝れない。。しかも、ずっと降り続く雨でテントの中にまで水が染込んで、みさえのマットレス&寝袋がに水びたしに。寝袋2つを上と下にしいて3人で寝たが、寒くて、雨がうるさくて、結局ほとんど寝られなかった。。

 

2004-12-28-TUE 「登山開始」

キリマンジャロを眺めながら朝食。ほんとにあれに登るのか!?まず、旅行会社にてあったかいジャケット、カッパ、手袋、登山靴、ストック、寝袋などを選ぶ。登山者リストにサイン。14-3、15-1、15-2次隊プラス日本からの友人合わせて15名、それにガイドやポータ35名、計50名の大所帯のパーティで高度順応を含むマチャメルートから登る。タンザニア隊員の中でもこのルートは登頂率が高いとのこと。

バスで登山口(1800m)まで移動。なんだかワクワクしてきた。日本から毛糸の帽子を持ってきてたくらい、赴任前からキリマンジャロには登るつもりだったから。ランチボックスをもらい自分たちの必要なものだけ持って、11時登山開始。ポレポレ(スワヒリ語でゆっくりという意味)で。私達の横を大きな荷物を頭に乗せたポーター達が一歩一歩しっかりした足取りで、緑の生い茂った木々の中を進む。13時、ランチタイム。まだまだみんな余裕の笑顔。結局その後も、同期隊員にスワヒリ語の挨拶を教えてもらったり、ずーっとしゃべりながら登っていた。夕方、やっとキャンプサイト(2980m)へ到着。

荷物をもってもらっているだけでなくテントも張ってもらい、ご飯の準備もしてもらい、なんか殿様ダイビングならぬ殿様登山だな。チャイ(紅茶:ティータイム)のあと、少し休憩してから夕食。スープ、スパゲッティトマトソース?、チキン、バナナ、チャイ。外に出るとあたりは暗く、星がきれいに見えていた。自分がここにいることがなんだか不思議。寝袋に入ると、疲れていたのかすぐ眠りについた。

 

2004-12-27-MON 「TANZANIA」

今日から任国外旅行。タンザニアへ。キリマンジャロに登るため。マプトから25人乗りの小型飛行機にて、3回乗り継ぎ、タンザニアの首都ダルエスサラームへ。久しぶりの2階建ての空港に感動(笑)。

タンザニアのJICA事務所でブリーフィングを受けるためだけに、飛行機の待ち時間を利用してタクシーで市内まで。危険情報などの紙をもらって、ブリーフィング終了。。お金使って危険をおかしてまで来る必要はあったのか!?タクシーで空港まで戻り、キリマンジャロ行きの飛行機を待つ。その待合室には登山者であろう人たちがいっぱい。話しを聞くとヒマラヤ2回経験している人も。明日から登り始めることを話すと、コンディションをちゃんと整えた方がいいよとのこと。ごもっとも。

キリマンジャロ空港からシャトルバスでモシという町まで。ゲストハウスで同期に出会えたのは22時半だった。水シャワーを浴び、1年半ぶりに会った同期たちとキリマンジャロビール(タンザニアの地ビール)で乾杯。なんか変な感じやったけど、うれしかった。まだ先は長い!?積もる話しは山を登りながら。

 

2004-12-26-SUN 「よいお年を。」
 

案の上、マプトへ行くのに朝寝坊した。でも、ラッキーなことに南ア行きのChapaに乗れて快適(クーラはない)。久しぶりのシーフード料理はおいしかった。訳あってAmeijoa(ハマグリ)の貝殻をもらおうとしたら、店員さんに笑われた。。

腹ごなしにショッピングセンター。すると、他の隊員にも遭遇。合流してプールへ。子供だらけな上に、彼らが飛び込みばかりしてたので泳ぎにくかった。。クリスマス休暇だから仕方ないか。

ということで?、明日からキリマンジャロ行ってきます。タンザニアの同期に会えるのも楽しみ。気合いで登りきってきたいと思います。ではみなさん、よいお年を。

 

2004-12-25-SAT 「FELIZ NATAL!!」
 

今週同僚2人に「迎えにいくから、うちの家のFesta(パーティ)においでよ!」って誘われていたけど、なんとなくいつものように来ない気がしてたのと、せっかくの海日和だということで、ひろみとビーチまででかけることに。ところが、最悪なことにChapaが全然来ない。1時間くらい探して、歩いてやっと乗れたChapaもギュウギュウ。

でも、来たかいあり!!プールと呼んでるいつものビーチになんときれいな魚が!!今までは砂地だから魚はいないと決め付けていたから。今度来る時は、シュノーケル持参だな。

帰ってくると、その同僚の一人から「今起きた」との電話。。もう一人は、今から行くからって。。もういいかということで、昨日作っておいたデザートを隣の家に持っていった。すると、まだパーティをしてて、少しおしゃべりして。。結局うちらが帰った後も音楽がずっと夜中までなってました。

 

2004-12-24-FRI 「クリスマスプレゼント?」
 

モザンビークの公務員全員なのかうちの職場だけなのかはわからないが、明日はクリスマス、来週は年越し=「BOAS FESTAS(パーティ)」ということで、職場から職員へクリスマスプレゼントが。専用用紙を持って店に行くと品物がもらえる。内容は米5kg、油1L、ワイン1L、鶏1羽。

12時に仕事が終わってから同僚達と店にその品々をもらいにいくと、なんとその金額分で好きな商品を買っていいよと。なんて素敵なクリスマスプレゼント!?せっかくなので、デザートの材料を買って。ひろみがManjakazeから遊びにきたので、一緒にそうめん食べたり、フライパンでクッキー焼いたり。そして、今日一日中、日本の年越しみたいに携帯電話や携帯メールが使えなかった。彼らにとっては、クリスマスがお正月のようなものだから、まあ納得。

 

2004-12-23-THU 「ポンプ設置」

井戸掘り機のメンテナンスに短期専門家の方が来られていた時、練習で掘った井戸で水が出たので、今日ポンプを設置することになった。私も見学。村の管理グループの人達と一緒に汗だくになりながら。

瞬間接着剤で筒をつなげていき、その中に先端にしかけのついた鉄の棒を入れていく。この井戸は深さ36mで、浅い方だと。深いのになると、100m以上にもなる。かれこれ約1時間半くらいの手作業が終わり、ポンプを動かしていると水が!!やっぱり水が出る瞬間は感動だ。

この井戸ができるまでは、彼らは3kmも先の井戸に毎日水を汲みに行っていたそうだ。これで、女性の仕事が少し楽になり、他の事ができるようになるといいのだけれど。。

 

2004-12-22-WED 「師走」
 

今週はずっと、午前中は水局、午後は看護学校でパソコンを教えている。そのため師走の慌ただしさというわけではないが、いつもより少し忙しい。キリマンジャロの用意もしないと。暖かい服あるかなあ。夕方Nataliaとビーチへ散歩に行こうと言っていたが、彼女も明日が仕事納めで片付けないといけない仕事があり、キャンセル。残念。また来年。

ということで、HP更新。モザンビーク隊員のページを追加。文章は本人のものです。私の生活だけでなく、他の隊員から見たモザンビークもみんなに知ってほしいなあと思って。

 

2004-12-21-TUE 「CACANA」

同僚にCACANAという葉っぱをもらったので、さっそくこないだすりつぶしてもらったピーナッツの粉を使いモザンビーク料理。この葉っぱ、すごくにがい。でも、なんだか癖になる味。一つずつ茎を取り除くという手間のかかる作業をしていると、停電。まだ16時半だが、今回は長そうな予感。

それでもごはんを炊いて、マンゴとパパイアとバナナ、それに庭に育ちつつあるレモンでフルーツサラダをなんとか明るいうちに作り上げた。停電では温熱器も意味無く、水シャワー。暑いからこれも問題なし。

そして、夕食。ろうそくで。慣れたもんやなあと自分でも思う。停電で一番痛いのは、やっぱり扇風機が使えないことでした。

 

2004-12-20-MON 「ビザ申請」
 

せっかくマプトにいるので、タンザニア大使館でビザを申請していくことに。本当は、タンザニアの空港で入国時に取ろうと思っていたが、自分の英語が信用できないのと、そこであまり時間をとられたくなかったので。担当の人にJICAからのレターがいると言われたので、調整員に連絡。もう一度来ますと言い残し帰ろうとしたら、なんとレターなしでやってあげると。(今回はごねてません(笑)。)すぐ書類を書き込み申請。これで、なんだか一安心。

そして、ドライブ日和だからと友人がXaiXaiまで送ってくれた。しかも看護学校まで。14時からの授業にも間に合った。ありがとう。暑い中から急にクーラのきいた部屋で授業したせいか、砂埃にやられたのか、鼻水がとまらない。暑いだけで体力消耗しているから、今週は無理せずいこう。

 

2004-12-19-SUN 「プール」
 

昨日の夕方、帰る人の車へ乗せてもらいマプトへ。今日Macanetaというビーチへ行こうという誘いにのって。でも朝から(昨日の夜から)天気が悪く中止。友人の体調が悪くジャズも中止。その代わり、昼からプールへ出かけた。

マプトには25mプールがいくつかある。会員制のところもあるが、今日のところは約400円/日。ゴーグルもないので、ひたすら平泳ぎ。いつも海で泳いでいるので、プールで泳ぐと変な感じがする。体が少し重い。ここの水は心なしかしょっぱかった。体を動かすのはやっぱり気持ちがいい。一日くらいでは、キリマンジャロのトレーニングにならないけれど。。

 

2004-12-18-SAT 「A vida de uma pessoa nao pode experimentar」

あきこがXaiXaiに遊びに来ていたので、一緒に看護学校の卒業式へ。途中からだったが、優秀賞の発表や家族からのプレゼント贈呈など。その後の郡長のあいさつがとても印象的だった。力のこもった言葉にこっちまでグッときた。

「この学校、先生方に敬意を表する。25名中15名しか卒業できなかったけれど、それはちゃんと社会に適用する看護士を送り出そうという意志のあらわれ。人の命は試すことはできない(A vida de uma pessoa nao pode experimentar)のだから。私達には量ではなく、質が必要。」

 

2004-12-17-FRI 「変わりゆくXaiXai」
用事をすませてから出勤すると、大使が水局に様子を見に来てくださっていたのに、お会いできず残念。最近こういうことがよくある。こないだもXaiXai市内復旧セレモニーで大臣が来た時も看護学校に行ってて会えず。

水局の同僚たちに授業をした後、他の部署の人たちも忘年会?ででかけていてほとんどいないので、帰ろうということに。さすが、金曜日。帰りは歩いて。すると、XaiXaiに中国人の方が洋服店を開いていた。最近、雑貨屋などに買い物に行くと、「あの新しい店の人か?」ってよく聞かれていたのも納得。道路もやっと工事が終わったし、こうしてだんだん新しい店が増えてきたりして、来た時よりもだいぶ洪水の被害は見えなくなってきている。あと5年、10年後にはどうなっているのかが楽しみだ。

 

2004-12-16-THU 「Aproveitar」
 

重い頭を抱えて遅めに出勤すると、めずらしく課長がいた。たまっていた話しをし、一安心。さあ、何をしようか考えていると、新しく配属になった同僚の一人がパソコンを教えてというので、ついでにその場にいた他の同僚も集めて水局初授業を開催。パソコン1台使って。みんなWordで文章は書けるが、それ以上のことは知らない。コンピュータのしくみを簡単に説明し、エクスプローラの使い方を練習してもらう。フォルダにファイルを分けて収納する方法など。

とにかくみんな喜んでくれた。何でもっと早く教えてもらわなかったのだろうって。毎日、1時間半やろうってはりきっていた。今調査に出ている(前からいる)同僚達はもったいないことをしているって。私をもっとAproveitar(活用)しようって。私はやる気のある人には、いつでもいくらでも教えるよと伝えた。ここでも少し進んだような気がする。

 

2004-12-15-WED 「備えて」
 

Nataliaが看護学校へ行くというので、私も便乗。教頭先生とずっと話しそびれていたから。行くと掃除の人やら職員の人らが、よく来た!どうしてたの?と歓迎してくれた。こちらの都合で休ませてもらっているから、時間ができたらなるべく来たいなとは思う。ということで、来週から早速新しい総務の人と、隣接の病院の職員計4名に、パソコンを基礎から教えることになった。

その後、水局へ行くと大雨にやられたのか停電。仕事にならないので、電話代&電気代を払ってから家に帰った。頭も少し痛かったから、少し休もう。なんだかまだ疲れがとれない。ここは年末に備えて?無理はしないでおこう。

 

2004-12-14-TUE 「散歩復活」
 

夕方、Nataliaと海辺まで散歩へ。冬に比べるとだいぶ日が長くなってきている。今は19時前まで明るい。彼女達はクリスマスにPemba(モザンビークの最北のリゾート地)へ行き、モザンビーク島で年越し。そこから車でXaiXaiまで戻ってくるらしい。あー、楽しそう。せっかく私も誘ってくれたのに一緒に行けないのがとても残念。先にキリマンジャロを選んでしまったから。

それでも行きの飛行機を変更して彼女達と何日か過ごそうとたくらんだが、さすがに満席だった。欲張りな私も断念。キリマンジャロに備えておとなしくしておきます。あと2週間。トレーニングしなくて大丈夫か!?

 

2004-12-13-MON 「休みボケ」
 

休みボケ。というか、やっぱり疲れている。いっぱい寝ても疲れがとれない。とりあえず出勤すると、1チームガソリンが足りなくて帰ってきていた。これだけやっているのに予測を立てれないのだろうか。彼らの調査状況を確認すると、昼には出かけていった。残っている同僚もお葬式があるとかで帰り、事務所には私一人に。

12月はこちらは、もうみんな休みモードであまり仕事をしない。Festa(パーティ)の話しばかりしている。そら、やる気もなくなるでしょ。

 

2004-12-12-SUN 「INHAMBANE旅行3」

私を含めて4人がダイビング。他の6人はカヤックにでかけた。ブリーフィングにて潜るポイントの説明を受けている時から、なんだか今日は会えそうな予感がしていた。(もちろんジンベイに)

ところがいったん海にでると最悪のコンディション。晴れているのに波が3m近くうねっていて、結局ポイントを変更。しかもそれに酔ったのか、潜っている最中に吐き気が。。インストラクターにジェスチャーで説明したが、わかってもらえず。とりあえず気分が悪いから浮上する旨を伝える。ボートにあがり、吐くとだいぶ楽になった。海の中で吐いた人もいるらしいが、私には無理だ。

あわただしく出発。あと一つイベントが残っているから。まだ気は抜けない。そう。両親と聴いたTimbilaがとっても素晴らしかったので、ぜひ他の隊員にもと、またまた大使にお願いして。ありがとうございます。少し到着が遅れたがVenancioさんは私達をあたたかく迎えてくれた。

いよいよコンサート開始。何回聴いても感動で震える。心の奥まで響く音色。体の中にたまっていた何かが溶けるように、涙がこぼれる。ここにまた来れて良かった。村の人達が両親と来たことを覚えていてくれたことがうれしい。いつか彼らが日本に来れることを願う。

窪田くんはここで別れ北へ一人旅。少しうらやましいな。無事を祈る。夕方XaiXaiへ。マプト方面の方に、特に新隊員の岸田さんは今日からホームステイが始まるので、遅くなって申し訳ないなあと思いつつ、眠りについた。

 

2004-12-11-SAT 「INHAMBANE旅行2」

ライセンスを持っていて、体調がましな3人でダイビングへ。波が高いため近場の湾内しか潜れないというので、もとから期待はしていなかった。が、海ガメやらタコやらイセエビやら。久々の海の中はけっこう楽しかった。

昼から全員でオーシャンサファリにでかけた。ジンベイザメやイルカやクジラをボートで探すのだ。「12月になったらジンベイだ」って6月の頃から聞かされてたから、かなり期待していたのに。。天気には勝てません。曇っているから水面の色もわからず、波が高いから背びれも見つけにくいとのこと。イルカ2頭を真近で見れたり、サメの背びれも見たからよしとするか。

戻って、休憩。作りたてのポップコーン(塩味、砂糖味)はうまかった。今度カレー味や、バター醤油味も試してみよう。日が暮れるまで、ビーチバレー。夕焼けのマングローブの中を散歩した。

夕食はバイキング。デザートがとてもおいしかった。外に出ると星が見えていたので、明日最後のダイビングにかけるかと意気込む。

 

2004-12-10-FRI 「INHAMBANE旅行1」

今日から2泊3日の隊員旅行。運転手付きChapaを1台借りて、下藤さんも車をだしてくれた。はりきって4時半に出発したのにあいにくの天気。XaiXaiも通り過ぎ、ようやくBARRA(Inhambane)に着いたのは昼過ぎだった。フロントの人達は私が両親と来たことを覚えていてくれた。

何名か体調不良でダウン。曇ってはいたが雨が上がっていたので、残りのみんなでビーチバレー。今日のBBQの準備をかけて。気合いが入る。2試合目は、明日用のカレー。汗をかいたところで、海へ飛び込む。波と遊ぶ。

みんなでBBQとカレーの準備。大量に買ってきたビールも、天気&体調のせいであまり減らなかった。今までの疲れがどっときて、明日に備えて早めに寝ることに。あー、明日は晴れますように。。

 

2004-12-09-THU 「レセプション」
 

朝イチで健康診断。血をとってから、わざわざホテルまで朝食を食べに帰る。その後、もう一度病院へ。診断結果を待っている間、タンザニア大使館へビザを取りに行ったらタンザニアの祝日らしく閉まっていた。。気を取り直して小説を読みながら待つこと1時間半。異常なし。これで、めんどくさい健康診断から開放だ。

明日からの旅行の買出しに出かけた。マプト市内に新しくショッピングセンターができたのだが、カートで買い物すると気が大きくなって、ポイポイ入れてしまう。金銭感覚がおかしくなる。ビーチセット(フリスビー、羽子板セットのようなもの)まで買ってしまった。まあ、いいか。

夜は昨日急に大使館の天皇誕生日のレセプションに招待されたため、また服を借り(いつもありがとうございます)、出席。大使の挨拶で隊員が紹介された。全員いなかったのが残念。300人ほどの招待客の中で知っている人は、日本人をのぞきごくわずか。それでも久々にお会いできた人もいて良かった。

 

2004-12-08-WED 「隊員総会&健康診断」
 

雨の降る中、他のみんなは朝イチで健康診断へ出かけていった。私はもちろん朝寝。させてくださいな。ついでに朝風呂。あー、なんて幸せ!!ホテルの豪華な朝食。まったりしてから、JICA事務所へ。新隊員岸田さん(看護士)も到着。任地はなんと私のいってる看護学校。楽しみだ。

隊員総会というよりは、所長講話&1年目隊員報告会。私だけ健康診断がまだなので、途中で抜けた。あいかわらず待たされた挙句、じゃあ明日全部やろうって。。いやいや。せっかく来たし、明日もどうなるかわからないから、今日できることは今日中にやってくださいと強くお願い。だって、身長・体重、血圧、問診なんて時間かからへんやん!あと、受付でもお金の清算も今やってとお願いして。

ここでは、相手の言うとおりにすると時間がかかる。こちらが言うと、しぶしぶやってくれる。というか、彼らはできないわけではなく、やらないだけなのです。言ったもの勝ち。ということが、最近よく分かってきた。

 

2004-12-07-TUE 「結局」
 

整理したデータをアップし、井戸コードをふる方法を検討。来年の4月には、ザンベジア州でも全件井戸の調査をするというので、再入力もありかなという案でおさまる。現在ガザ州でおこなっている調査方法を参考にできるのは大きいと思う。本当ならもう少し早く調査を開始したいところだが、雨期が始まったため、待つしかない。ここはガザ州よりもはるかに降水量が多い。

15時ギリギリまで働き、空港へ。なんだか慌ただしい出張だったな。今度はもっとゆっくり旅行で来たい。飛行機が遅れていたため、空港で足止め。1時間ちょい。何故か、いったん北のナンプラへ行き、南下。マプトへ着いたのは22時頃だった。

他の隊員も健康診断などがあるため、マプトのホテルに泊まっている。そのホテルで何ヶ月ぶりかの湯船につかると少し元気がでて、久々にみんなと夜中1時頃まで話していた。

 

2004-12-06-MON 「一応市内見学?」
 

早速、仕事開始。インストール用のパソコンが古いため、バックアップやOSのバージョンアップにてこずる。その後、新しいパソコンが違う部署にあると聞かされ、早く言ってよと思いつつそちらをデータベース用に使用することに。

ザンベジアでは、2年前にデータベースが導入され、一応その時に全州で井戸の調査を行っている。その1800件の井戸データをなんとか使いまわしたいのだが、コード体系が違うのと中には不完全なデータも多くあるため、結構手間がかかりそうだ。システムをインストールし、オペレータ2人に入力方法を指導。めずらしく残業し、宿に戻るとあたりは薄暗かった。

昨日の夜話しをしていた人が偶然XaiXaiの水局の前々課長だったので、親切に夕方のキリマネ市内を30分ほど車で案内してくれた。川に漁港があり、なんとなく雰囲気のいい町だなと思った。(実際のところ暗くてよくわからなかった。。)夕食を出張のメンバーと一緒にピザ屋で食べた後、データ整理の続きを、ホテルの部屋で、一人で、夜中まで。。疲れた。

 

2004-12-05-SUN 「ZAMBEZIA」

ガザ州と同じデータベースシステムをインストールするために、マプトの水局の人達とザンベジア州キリマネへ出張。マプトから飛行機で約2時間半。上空から眺めていると、緑の中にうねった川が印象的だった。

空港を一歩出ると、少し雨が降っていたのも手伝いかなりの湿気を感じた。夕食は水の専門家の方と中華を。XaiXaiには、中華レストランなんてものはないのに。ここは、日本の漁港もあり他にも結構外国人が多い。異国だ。

しかも宿泊先はその名もPizzara。そう、ピザ屋なのです。カウンたーでイタリア人のオーナーや隣にいたお客とおしゃべりしていると、カプチーノをご馳走してくれた!!カプチーノなんて久しぶり。疲れも少し和らぎました。

 

2004-12-04-SAT 「熱帯魚釣り!?」

XaiXaiの海岸で、初釣り。岩礁の外側だから、波がすごい。竿の投げ方から教えてもらって。でも波が強すぎて、釣りをしながら足をすくわれ流されてた。。これって釣り!?

あきこがなんと熱帯魚を釣り上げた!!ダイビングでいつもお目にかかっている魚。緑&青色。他の友人も2匹釣ったから、今日の昼食はもちろんその魚。

ピリピリ(唐辛子)とにんにくで下味を付けて、炭火で焼く。簡単なサラダとシマとともに。釣った魚をその場で食べるなんて、漁師の人にしたら当たり前のことかもしれないが、私にとってはぜいたくだ。次は私も釣るぞ。

 

2004-12-03-FRI 「準備」
 

選挙明けなのでみんな来ていないかと思いきや、出勤してみると勢ぞろいだった。北の方へ出かけたチームも帰ってきていたので、持って帰ってきた調査票を見ながら、改善点や今後の予定を話し合った。日当に関して話しはじめると、大事なのは調査を全部やり遂げることだと。お金に制限があることだけ強く伝え、後は彼らにまかせることにした。ほんとは課長がしっかり課員のスケジュール管理しないといけないのに。。

来週から全グループが調査へ出発するのでその準備を少し手伝い、あとは自分の出張の準備。やることが結構ある。できることからひとつずつ。

 

2004-12-02-THU 「大統領選挙2」

朝早くのChapa(ミニバス)で、Maciaに向かった。そのChapa内で隣に座った若い女性は、トイレ休憩の時に「見てて!」って赤ちゃんを私に託していった。こちらでは、こういうことが結構ある。赤の他人に子供を見ててって。とにかくその子がめっちゃかわいくて、一緒に笑ってるだけで気分が晴れた。

MaciaからBileneへ。仕事や冬のBBQには来たことがあるが、リゾートとして来るのは初めてだ。湾になっているため、外海へ行くのに船に乗り込んだ。季節によっては、フラミンゴの群れが見れるらしい。青い空&白い砂の向こうに広がるインド洋。波が荒くて普通に泳ぐのは大変だったけれど、やっぱり水の中は気持ちいい。あー、ますます黒くなっていく。。って、実はあんまし気にしていないけれど、日本に帰ったらがんばろう、美白。

 

2004-12-01-WED 「大統領選挙1」
 

今日は大統領選挙の日。平日に2日間も休みにするなんて、日本では考えられない。プールに行こうと思ったが、電話してみると祝日扱いで会員しか入れないとのこと。残念。

少しショック?なこと。友人宅のお手伝いさんに、「あなたはモザンビーク人?」て聞かれた。ポル語がうまいからならともかく、黒いからとのこと。。


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